人間寿司シリーズラストの一つ前の作品。

意中の女性を射止められるか！
古典技法を使った、油彩
ボードに油彩。10号 53×45cm
額サイズ70×62cm
黄袋、特性箱

作品「意中の女性を射止められるか！」

まずは、“ネコウサギ”（田中拓馬の近年の作品に多く登場するキャラクター）の下半身が、闇に飲み込まれるように暗色のなかに描かれていることに注意してみよう。作品の下部に大きく描かれたこの暗色の部分は、白色の渦のような流れのような線を伴い、地底にでも続くような、あるいは底の見えない池のような深さを感じさせる。そして、その中に飲み込まれるように描かれたネコウサギは、この世界から去ろうとしているようにも見える。表情がどこか寂し気に見えることからもその印象は強まる。

しかし、それにしては、ネコウサギの顔も体も力強い。背筋はピンと伸びており、腕にも力が入っているように感じる。私は、この存在から何か内面的な力を感じた。それは、「意思」という言葉で表現してもよいものかもしれない。

また、ネコウサギの頭のあたりと、抱えている花束の上部に光が降り注いでいることからも、単純にネコウサギを去り行く弱い存在としてみることはできないだろう。この足元の闇と上部の太陽と光の対比は、単純ではあるが魅力的である。そして、その調和を打ち破るように、花束は上部に向けて大きく描かれている。

ところで、この作品のタイトルは「意中の女性を射止められるか！」だが、肝心の花束を捧げられている「意中の女性」はどこにいるのだろうか。ネコウサギは、その身体的特徴から見ても、男性と見るべきだろう。とすると、この作品には花束を捧げられている存在は描かれていないことになる。

むろん、意識的にせよ無意識的にせよ、そのことには作者の意図が反映されているであろう。花束―“愛”の象徴であろうか、あるいは、希望とでも解すべきだろうか―は、描かれなかった“何か”に捧げられている。ここで、実は作者が、この次の作品において、ここ数年精力的に書き続けてきた「人間寿司」シリーズを完結させることを宣言していることを考え合わせてみよう。そうすると、この花束は次の時代に捧げられているという解釈が成り立たないだろうか。当然、ここで「次の時代」というのは、作者にとっての次の表現のステージという意味と、私たちにとっての未来という意味の２つが重なり合う言葉である。

この解釈は、あるいは深読みしすぎているのかもしれない。しかしそうであったとしても、この作品は、恐らくは作者の意図を超えて、作者のこれまでの作品群と今後の作品群をつなぐ意味を持たされたのであろう。つまり、描かれた花束以上に、この作品こそ過去への惜別と未来への意思として、鑑賞者に、そして、作者にとって大切ななにものかに捧げられているのである。

文：内田淳
1977年生まれ。男性。学生時代は認知科学、人工知能研究に従事。その後、仕事の傍らにさまざまな市民活動、社会運動に関わり、社会システムと思想との関係の重要性を認識し、その観点からアートを社会にどのように位置づけるべきか、その再定義を試みている。
田中拓馬とは高校時代からの友人であり、初期の作品から見続けている。